東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6031号 判決
原告 赤間敏雄
被告 瀬尾守平
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金十万七千円及びこれに対する昭和二十五年十月十八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は、昭和二十二年十一月中から被告及び訴外樋口清一郎両名と時計ゼンマイ焼入業を共同経営し、被告は自己所有の東京都板橋区志村前野町七百十四番地所在木造スレート葺平家工場建坪六十坪七合五勺の内北隅間口三間奥行四間を板囲して右共同事業に現物出資し、原告は右場所に居住し且つ仕事場として自己の技術を出資していたが、昭和二十三年六月末三者合意の上右事業を解散することになつたので、原告は被告及び訴外樋口に清算を求めたに拘らずこれを顧みず、被告は専ら右場所の回収のみ要求したから原告はこれに応ぜず、依然としてこの場所を占有していた。
然るところ被告は昭和二十四年十一月三日原告の留守中暴漢三名を引連れ、三尺柄のハンマー、カヂヤを携えて、原告方に至り右場所の戸口を破壊し、鴨居ごと取壊し、故なく屋内に侵入し、板壁、天井等を破り障子敷居畳をはずして持去り、机を倒し道具類を散乱させる等の暴行をなし、ために、被告が訴外瓶子政雄より販売の委託を受け保管中(本件居室の机上に普通の散薬程度の包紙に包んで置いてあつた。)の時計部分品穴石二千個(単価二十円相当)小ネジ一万個(単価五円相当)及び天芯千個(単価十五円相当)を喪失し、これを右訴外者に返還することが不能となり、よつて原告はこれに対し右代金相当額十万五千円の損害賠償債務を負うに至つたから、右金額及び破壊された天井張替等に要した材料修理費金二千円計金十万七千円の損害を蒙つた。右はいずれも原告の占有権を侵害されたことに基く損害である。
よつて、右金員及びそれに対する訴状送達の翌日である昭和二十五年十月十八日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張事実を否認した。<立証省略>
被告は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実の内頭初から原告は被告よりの本件場所の回収に応じないまでの事実及び被告が右仕事場を取毀し始めたこと、天井張替等に要した材料修理費が金二千円であることは認めるが、その他の事実を否認する。右取毀しには原告の承諾があつた。
また原告の主張する時計部分品の喪失と前記取毀し行為との間に因果関係がない。仮りにこれありとしても、訴外瓶子は右時計部分品について原告に対し損害賠償を請求しないと述べているから、原告はこれに対し右代金相当額の債務を負担するいわれはない。仮りに以上の被告の主張が容れられないとしても、原告は右部分品の如き高価であつて、而も原告の自認しているように散薬程度の包紙に包んだ小さいものを預るときはその散逸の点について相当の注意義務があるに拘らず、ただ居室机の上に漫然置いておくというのでは明かに右注意義務を怠つたものというべく、従つて被告は過失相殺を主張すると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が被告所有建物の一部である本件場所を占有していること、被告が右場所の取毀しを始めたことは当事者間に争がない。よつて右取毀し行為によつて原告が保管中の時計部分品が喪失されたかどうかを審究するに証人瓶子政雄の証言によれば右瓶子が本件取毀し当時その所有に属する原告主張のような時計部分品を販売のため原告に委託した事実を認めることができるが、前記被告の取毀し行為の結果右部分品が喪失したとの点については、後記認定に牴触する甲第二号証の二以外にこれを認めるに足る証拠なく、成立に争のない甲第三号証の二、乙第四、第八号証、第十一号証の二を綜合すれば本件取毀行為の翌日及びその翌々日における示談交渉に際しても原告より右時計部分品の紛失について別段の申入れのなかつたこと、右翌々日現場を修理した大工に対し原告が前記部分品入りの紙包の所在をたずねたことなどの事実を認められるが、これ等はかえつて本件取毀行為と右部分品の喪失との間に因果関係のないことを推認する資料ともいえる。成立に争のない乙第一号証によれば、東京地方検察庁は被告等に対する建造物損壊等の事件についての不起訴処分裁定書において、前記の紛失が被告等の損壊行為によるものであることについての証拠がないと認定しているが、当裁判所もこれと同一の結論に達せざるを得ないのである。よつて爾余の判断をするまでもなく原告の本件時計部分品に関する請求は理由がない。
原告は本件取壊行為によつて天井張替等のため費出した金員も原告の占有権を妨害せられたことに基く損害であると主張するから考えてみるのに、占有妨害による損害とは、占有が妨げられた状態に置かれたために生じた損害を指す。例えば家屋の占有者が屋根を破壊され以て占有を妨害された場合に、その破壊箇所からの雨漏によつてそこを使用し得なかつたために生じた損害とか衣類等に汚染を生ぜしめたために占有者の蒙つた損害の如きをいうのであるが、占有妨害によつて生じた物質的損害自体の価格乃至は原状回復の費用(前例によれば破壊箇所の修理に要する費用の如し)までも占有妨害による損害の内に加えるべきものではない。けだし、この場合侵害せられる権利乃至利益は占有権乃至占有であり、占有権は飽くまで本権とは異る事実的支配を事実的支配として一応正当なものとする権利にすぎないものであるからである。そうだとすると原告の本請求は正に原状回復に要した費用の請求であるからこれを認めることはできないものといわなければならぬ。
よつて、爾余の点を判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 守屋美孝 野田愛子)